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画面越しのいのち

 先日はじめて「オンラインお茶会」というものをした。 このご時世。 自粛で外に出ることが出来ない。好きなときに好きな人達に会うことができない。顔を見ることができない。一緒にご飯を食べることもできない。 多分2ヶ月前だったら友達とビデオ通話で顔つき合わせて話すなんて「勘弁」だったはずだ。 家で部屋着姿のすっぴんが、何が悲しくて顔を見せなければならないのか。ちゃんとした服を着てメイクを

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サンボマスターとわたし

 ライブでワーッとやっている人ってどういう神経しているんだろう? 手とか振り上げちゃってさ。 踊っちゃってさ。 そんな自分が好きなのかな? ギターなんてうるさいし。がなるようなボーカルなんて何言ってるかわからないし。 絶対ライブなんて行かない。ラブアンドピース? なにそれ。 なんかこわい。 そう思っていた。 私はクラシックで育った。 ロックンロールなんて聞い

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悪夢が悪夢をやめるとき

 ずっと悪夢を見ていた。 海外から帰国してもう十数年間、3日に1回くらいかな。 悪夢というのはなかなかやまない。結構律儀なもので習慣になる。 見ていると「ああまたか」と思うし、見終わったあとも「まただったな」と思う。涙をぬぐいながら。 私にはいくつか涙を流すほどの悪夢がある。 その中の一つの悪夢が、一年前に消えた。 2019年の最後に、その話をしようと思う。  

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怒れない

 怒れない。 文字通り怒れない。 怒りという感情を日本語で数年前に初めてまともに知った。 ……というとなんだか中二病が治っていない感じがひしひしとするが、実際そういう人間は私の周りにごろごろいるので、一定数いなくはないのだと思う。  例えばどういうふうに怒れないか。 ケース1。『道でわざとぶつかられたら』 怒れない。「痛い」「怖い」「悲しい」「私が悪

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海客

 十二国記。 十数年ぶりにまともに最初から読み返している。 好きな巻や箇所は定期的に読み返してはいたが、『月の影 影の海』から通しでとなるとやはり十年ぶり以上。 ただいま帰りました、という言葉以外見つからなくて胸がいっぱいだ。 私は胎果なんておこがましいことは言えないただの海客だけれど(海客すらおこがましいただの蓬莱の人間かもしれない)、胎果みたいな気分で「ただいま」と言いたい気持